最高裁判所第一小法廷 昭和58年(行ツ)85号 判決 1984年6月28日
上告人
木住野商事株式会社
右代表者
木住野哲男
右訴訟代理人
嶋村富士美
佐々木茂
鈴江辰男
被上告人
八王子税務署長
榑林功
右指定代理人
崇嶋良忠
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人嶋村富士美、同佐々木茂、同鈴江辰男の上告理由第一について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二について
法人税法(以下「法」という。)八一条所定のいわゆる欠損金の繰戻しによる還付所得事業年度(以下「前年度」という。)の法人税の還付の制度においては、欠損金の繰戻しにより前年度の法人税の還付を請求するかどうか、また、請求するとしてもいかなる金額の範囲で欠損金の繰戻しを行うかが納税者である当該法人の選択に委ねられている一方、その選択の時期は、欠損事業年度の確定申告書の提出期限内における当該申告書の提出と同時でなければならないものと定められている(法八一条一項、五項、六項)。また、繰戻しによる還付金額の計算の基礎とされた欠損金額は、法五七条所定の繰越控除の対象から除外されることとなるのである(同条一項本文かつこ書)。そこで、納税者が、欠損事業年度の法人税について欠損の確定申告をすると同時に、欠損金の繰戻しによる前年度の法人税の還付請求をしたのに対し、右申告に係る欠損金額の一部が否認され、欠損金額を減額する更正処分を受けるとともに、その還付請求の一部に理由がない旨の通知処分を受けた場合において、当該納税者が欠損金の繰戻しによる還付金の請求を維持しようとするときは、右更正処分に対する不服申立とは別に、右通知処分に対しても不服申立をしなければならないものであることは当然というべきである。けだし、両者はそれぞれの目的及び効果を異にする別個の処分であり、右更正処分の取消請求は、欠損事業年度の欠損金額の確定を争うものにすぎず、単に右更正処分のみを争うときは、その取消しの効果として次年度以降の繰越欠損金額に影響を及ぼすにとどまるものであつて、欠損事業年度の欠損金額を前年度に繰り戻す効果を生ずるものではないからである。
したがつて、右の更正処分と通知処分とは、その基礎となつた事実関係が共通であるとしても、後者は前者の処分に付随する処分であると解することのできないものであり、右両者に対する納税者の不服の事由が同一であつて前者の処分について適法に不服申立手続が採られているからといつて、後者の処分に対する不服申立の前置を不要と解することはできず、また、同処分に対する不服申立を経ないことにつき国税通則法一一五条一項三号にいう正当な理由があると解することも相当でない。これと同旨の見解に立つて、原審における追加的変更申立に係る本件通知処分取消しの訴えを不適法として却下した原審の判断は、結論において正当であつて、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎 矢口洪一)
上告代理人嶋村富士美、同佐々木茂、同鈴江辰男の上告理由
第一 <省略>
第二 控訴裁判所が、上告人の追加併合申立を却下したのは、法令の解釈・適用を誤つたものである。
一 すなわち、還付請求に対する通知処分なるものは、更正処分の結果納税者の還付請求権の行使が正当と認められないときにこれを拒絶する旨の意思の通知に過ぎないもので、実質上は行政処分性を有していないものである。通常の行政処分は、それにより国民の権利に対し制約を加え、また義務を課すものであつて、これを取消てその法律効果の発生を阻止することが必要であり、そのため形成の訴えである取消訴訟が認められるのであるが、通知処分にはかかる効果は認められない。還付請求権は税の納め過ぎがある場合に納税者に一定の資格があれば、それを選択することにより当然に認められるものであつて、税務署長の還付請求に応ずる処分を待つて初めて還付請求権が発生するのではなく、税務署長の審査は還付請求権の有無についての事実上の確認行為に過ぎない。そのことは、法人税法第八一条六項が、通知は還付の要件を充たしておらず、還付に応じられないときに限つて請求の理由がない旨の通知をし、還付に応ずるときにはその金額の支払いに応ずるだけで、ことさらに処分をすることとなつていない点からも明らかである。通常の行政処分が、行政庁側でその処分により国民の権利を制約し義務を課するものであるのに対し、還付については納税者の選択すなわち還付請求権行使の意思表示によりその権利が発生し、税務署長は単にその支払い義務を負うに過ぎないことからも当然そのように解釈される。国民の権利・義務に直接影響をあたえない指示・通達類については行政処分性を否定するのが判例であるが、行政庁側が単に義務を負うに過ぎない還付についても同様に考えるのが相当ともいうべきであるやも知れない。
してみれば、納税者としては、還付に応じない旨の通知を受けたときは、これを取り消すのでなく、還付金額の支払い請求訴訟を提起するのがむしろ理論的であるというべきである。通知処分の取消なるものを認めるとしても、それはもつぱら国民の権利保護の要請からに過ぎないのである。そして本件において被上告人が通知処分を取り消さなければ還付に応じないとの姿勢をとつている以上、これを取り消す必要性があるのであるが、右のとおりの本件通知処分の意義からして、これを通常の処分と同様に考えるのは妥当でなく、更正処分に付随する処分とみなければならない。そうであるなら、実質的な紛争の対象である更正処分を争つている以上(争点はあくまで本件債権放棄の有無にあり、更正処分の当否が争われており、通知処分固有の争点はなんら存在しない)通知処分もまたこれが争われていると認めるべきで、出訴期間あるいは控訴審における訴えの追加についても別個の処分に関するのと別異に解すべきである。本件においてはその追加併合を認めてもなんらさしつかえないばかりか、一挙に問題を解決し、審理の重複を省き判決の矛盾・抵触を避けようとする趣旨でさだめられた行政事件訴訟法第一九条の目的にも合致している。
それにもかかわらず、控訴裁判所が通知処分なるものの本質に目を向けず、全くの形式的理由によつて追加申立を不適法としたのは、明らかに不当である。すなわち更正処分と通知処分とはその理由が共通であり、通知処分は更正処分を受けるものであるから、当然請求の基礎に同一性がある。にもかかわらず請求の基礎に同一性がないとしたのは、民事訴訟法第二三二条、行政事件訴訟法第一九条二項の適用を誤つている。それでは控訴裁判所のいう請求の基礎の同一性とはいかなるものであろうか。また、同条一項の控訴人の同意は控訴人の審級の利益を考慮して定められたものであるから、正当な理由のない不同意はその濫用として不適法であるし、審級の利益に具体的不利益を与えるか否かが同意の要否に影響をあたえることは当然であるから、控訴裁判所の判断は同条一項の解釈を誤つている。それでは控訴裁判所は同条が同意を規定した趣旨をどう解釈するというのであろうか。
右のとおり控訴裁判所の判断は処分の本質、法規の実質的趣旨を全く考慮せず、被上告人側の主張を一方的に鵜呑みにし、形式的な判断のみで追加申立を却下したものであり、とうてい破棄を免れないものである。